建築学生の建築旅行記.  一人でも多くの人に建築を身近に感じてもらえれば... 旅行の参考にもぜひ!


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カテゴリ:Germany( 2 )

0821.Berlin-3

Alexanderplatz+Fernsehturm
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ベルリン滞在中泊めてもらった先輩のホームステイ先はアレキサンダー広場からトラムで少しのところ.
どこへ行くのにも便利な立地でとても助かりました.


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和解教会への道中.道に置かれていた数本の水道管の中を覗き込んでみると、周囲の音が遠くなり、涼しげな異様な空間に吸い込まれていった...


Berliner Mauer
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街中に残るベルリンの壁の跡.壁があったところには家が建ち、雑木林になり、今では無意識のうちに通り抜ける事が出来るものの、この跡の持つ意味は非常に大きい.この壁を境界に明らかに2つの国家が置かれ、全く違う体制のもと人々は生活をしてきた.


和解教会
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先輩に誘われて観に行ってきた教会.ベルリンの壁記念センターの向かい.僕ら以外、見学はいなかったけれど、なかなかいい教会です.いわゆる教会という感じではないのだけれど、空間として非常に落ち着く.建築が、ある建築家の思想によって造られる事はいかなる建築でも同様であるが、教会建築にしろ、寺社建築にしろ、既に宗教心を持ち合わせていないものにとっては宗教建築を純粋な建築空間として堪能できる.建築に機能が必要なのかという疑問はばかげているのかもしれないが、経済(施主)的な問題さえクリアできればなんら問題ではないと思うのだが...
美しい空間を体験するという行為は現在の日常生活の中で欠けているのではないだろうか.街の中にこういう空間があって、疲れたときにふと立ち寄る.中の椅子にでも腰掛けてぼーっと宙を眺める.そして、もういちど雑踏の中に出る.新鮮な気持ちで街へ戻っていけるのではないだろうか.宗教建築ではないけれど、心を休ませる、そんな空間が必要だと思う.
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(ベルリンの壁記念センター)
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ベルリンの壁裏の墓地にて


Velodrom
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Dominique Perrault(1998)
2000年のオリンピック誘致に向けて市が行った計画.惜しくも2000年のオリンピックはシドニーで行われたのだけれど.
巨大な正方形プランの水泳用プールと円形プランのヴェロドーム(競輪用トラック)が盛土された敷地に埋め込まれ、屋根面が盛土された地表面と同じ高さになっている.
これらは巨大すぎてひと目で全体を確認できることはできない.そして、その巨大さから建築の用途を知らない人はおそらく異様に思うだろう.
この建築を見た体験として、(というのは内部には入ることはできなかったから(プールに関しては一般開放されているようだ))巨大な建築が自分の眼下に広がるという光景に圧倒された.


Baumschulenweg Crematorium
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Axel Schultes+Charlotte Frank設計(1998)
バウムシューレンヴィク・クレマトリウム.クレマトリウムとは火葬場のこと.もともと西欧では100年ほど前まで死体を火葬することは禁止されていた.そういった歴史の中で、火葬という儀式に精神性を持ち込んだのがこの建築.
森を抽象化した列柱とその柱頭から差し込む光.そして、アトリウムの中央に造られた噴水と天井から吊るされた白い卵形の珠.
和解教会といい、今日は心落ち着く綺麗な空間に心が癒される.火葬場とは、亡くなった人と決別する悲しい場所ではない.どこか素晴らしい場所に送り出すところで、それは素晴らしく、名誉なことなんだと思う.

The Ribbon of Goverment Buildings
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ドイツの永田町といったところだろうか.政治の中心地として開発途中にある地域.とにかくスケールアウトした建築が立ち並んでいる.しかし、建築は威厳を持ち、その威厳を示すかのように広がる芝生は結構いいオープンスペースになっているのではないだろうか.ヒットラー、そしてナチスを生んだドイツにとって、政治とそれを見守る市民の関係ほど大切なものは無いだろう.市民が集まれる場所を政治の中心地に置く.その姿勢はノーマン・フォスター設計の連邦議会議事堂の改修案にも見られる.
さてさて、日本の永田町に遊びに行く日本人がどれだけいるだろうか...


The New German Parliament, Reichstag
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Norman Foster設計(1999)
第二次世界大戦中、ソビエトの侵攻によって破壊された、建築家パウル・ヴァロットによって1894年に建てられたヴィルヘルミニアンスタイルの議事堂を1992年のコンペによってノーマンフォスターが勝ち取って改修された建築.屋上に建てられたガラスのキューポラは高さ23.5m直径40mで、議場に自然光を取り込み、ガラスの内壁に沿って旋回する螺旋状のスロープが巨大キュポラを補強する.この螺旋スロープは議場を観覧するための場所でもある.ベルリン市内で1.2を争う観光スポットでもある.そんな素晴らしい建築の中で売られているコーラを床にぶちまけてしまったのだけれど...あの瞬間は非常に恥ずかしかった.炎天下の中、長蛇の列から内部に入り、やっとの想いでありつけたコーラを買ってすぐに床にぶちまける.ガラスのキューポラに音がよく響くこと.店員に謝り、心の中でフォスター卿に謝罪し、逃げるようにしてスロープを登っていったことはベルリンでの苦い思い出...
ちなみに、その後は建築写真を撮るのが楽しくて仕方ないほど、建築を堪能.


Holocaust monument
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Peter Eisenman設計(2006?)
フランク.O.ゲーリー設計のDG Bankの向かい.新たに建設されるホロコースト記念碑のための建築.2700本の列柱が立ち並ぶ中を人が歩き回るようだ.その建築途中を見る事が出来たのだけれど、柱が永遠に立ち並んでいるような異様な光景にただ愕然とするばかり.
この建築についての詳しい論評は→Click


German Historic Museum, Extension
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I.M.Pei設計(2003)
I.M.Peiは世界的に有名な日系アメリカ人建築家.増築部分は、石のファサードと唯一空けられた窓によるヴォリュームと、ガラスの螺旋階段、ガラス張りのエントランスホール.平面は三角形の平面を持ち、4層に異なる形をしたホールから構成されている.それによって、豊かな空間構成が演出されている.
が、残念ながら閉館後にたどり着き入る事が出来なかった...


NEO TOKYO
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近年、海外では日本のアニメがかなりブームになっていることは日本でも話題になっている.実際海外に行くと本屋には必ず日本のコミックが置いてあるのを見かける.僕の観察では3×3EYESがかなり人気なようだ.で、このお店の前を通りかかって、店の名前にも驚いたのだけれど、そのNEO TOKYOはいわゆる戦隊モノとヴィジュアル系アーティスト(Gackt)と萌え系アニメで語られるのかと...なるほど、海外における日本とはこうなのかと今までの自分の理解を修正した.しかし、オタクというのは日本固有の文化であって、文化的に全く異なるヨーロッパにオタクは生まれないと森山嘉一郎は語っていたような...ベルリナー(?)も萌えるのか?かなり興味が沸く.ただし、ヴィジュアル系についてはパンクが多いベルリンでは受け入れられるのかもしれない.ただし、所謂ファッションとしてのパンクはロンドンであって、ベルリンでのパンクは生粋のパンキスト(?)=浮浪若者のことを指すようだ.『かつあげ』されそうで彼らは本当に恐い.

CLUB
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ベルリン最後の晩は先輩と先輩が街中で偶然会った僕の同期の女の子と食事.ケバブを食らいビールを飲み、そしてクラブバーへ.ベルリン最高です!!
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by dimensions11 | 2004-08-21 14:33 | Germany

0819.Berlin-1

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ベルリンは現代建築の宝庫.とにかく見たい建築が盛りだくさん.そして街自体も近代化(近未来的)で魅力的.
限られた時間の中で見るためにはとにかくトップギアでまわるしかない.


BAHNHOF POTSDAMER PLATZ
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Potsdamer Strasse
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左側にSony site、右側にDaimlerChrysler site.
1989年11月の壁の崩壊以来、ポツダム広場は20世紀最後の巨大都市開発(約6000億円の予算)を経験したベルリンの中心地.
ポツダム広場は戦前は繁華街であり、冷戦下においては壁によって分断され、東西ベルリンの緩衝地帯となっていた.
再開発はベルリン市がマスタープランを決定した後、企業に敷地を売却する形で行われた.マスタープランは最終的には市のコンペを勝ち取ったヒルマー&ザトラー案と企業が依頼したリチャード・ロジャース案の折衷案という形で行われた.現在この通り付近にはレンゾ・ピアノ、リチャード・ロジャース、磯崎新といった現代の世界的巨匠達のビルが連なっている.


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Hans Kollhoff設計
鋭角に尖ったガラスファサードをもつオフィスビル.


Sony Center
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Helmut Jahn設計(2000年).
円形のテント屋根付きの中庭を中心にショッピングビル・オフィスビルが囲んでいる.


Daimler City
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Renzo Piano設計(1999年).
近くに位置する国立図書館やベルリン・フィルハーモニーを設計したハンス・シャロンへの敬意を込めてデザインされたビル.


National Gallery
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Mies van der Pohe設計(1968).
ミースについてはCzech-Brnoで説明しているのでそちらを参照.
この建築においても十字形柱を用い、展示室は地下に設けている.
この時期MoMAの巡回展が開催されていたのだけれど、ヨーロッパ各地からの観光客が多く見学のための列が建物を取り囲みゆうに4時間はかかるであろう長蛇の列に唖然とする.上野で既に見ていることもあり、当然入ることを諦め呆然と眺めることにした.
この時期ベルリンはハチが大量発生しているらしく、座っているだけでハチが寄ってくる始末.
今度はNational Galleryを目的にベルリンにもう一度来ようかな...


National Library in Berlin
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Hans Scharoun設計(1976年).
はじめ違う建物?に入ってしまい困惑する.天井は同じデザインなんだけれども全然違う.おそらく分館なのだろう.建物は繋がっているようなんだけれどメインの空間に入るにはどこへ行けばいいのか分からず、受付のおじさんに聞くも、ドイツ語しか話せないようで理解不能.
半ば諦めてベルリンフィルに行こうと歩いているとようやくでかいエントランス発見.
しかし、今度はどうやって図書館内に入ればいいのか分からない.なにやら入場券を買わないといけないようだし、荷物もロッカーに入れないといけない雰囲気.
頑張って他の利用者の行動を観察し、見よう見まねで同じ行動をして無事Enter.
ハンス・シャロンは近接するベルリンフィルと共に、金色に酸化処理した壁を外壁に用た外観.
内観はNASAケネディー宇宙センターって感じです(見たこと無いですが).
天井の円形の照明、有機的な内部空間.様々なレベルでスラブが張り出し、吹き抜けから見渡すことができる.中で勉強をしている人たちも様々な方向を向いて、PCを広げていたり本を広げていたり、流行の言葉で言うとアクティヴィティーが様々にレイアウトされ、さらにそれを見て楽しむことができる.アクティヴィティーがレイアウトされた空間はシークエンスも楽しいのは当然のこと.歩きながら場面が次々に展開していく.
図面以外から彼の建築の全体像を想像するのは難しい.しかし、全体像なんていうのはさほど重要ではないのかもしれない.個としての身体を取り巻く環境としての最小限の空間があって、それを有機的に繋げていくことで建築ができあがる.それがたまたま整形であったりグリッドであったり不整形であったりするだけに過ぎない.
カラフルなガラスブロックもかわいく、こんな図書館なら毎日通いたくなる.とにかく中で立ち止まって見ていても、歩き回っていても楽しい空間.
日本人として国会図書館にすら行ったことの無い私が建築学生としてパリやベルリンの国立図書館を見学に行く.不思議な感覚を覚えながら、それでもこれらの建築は必見の価値ある建築に違いない.
見終わって受付から出て、ロッカーへ荷物を取りに行くと、自分のもっている鍵にロッカーの番号札が付いていないことに気づく.「どのロッカーに荷物が入ってるかわからないじゃないか!!」と、仕方なく一つ一つ確かめていく.はっきりって不審者.恥ずかしい.
ようやく当たりをひいて、急いでベルリンフィルに.13時からガイドツアーがあるので、それに参加しないと内部見学はできない.


Berlin Philharmony
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Hans Scharoun設計(1963年).
二次大戦でホールを失ったベルリン・フィルハーモニーが再び世界最高のオーケストラに相応しいコンサート・ホールを建設しようとした。
その国際コンペを勝ち取ったのがハンス・シャロウン。
ホールの中心に舞台を配置し、それを四方から観客席で取り囲む形式という、当時としては斬新なアイデア。それまでの伝統的なシュー・ボックス(靴箱)形式のホールに代わり、「アリーナ形式」ホールの原点となった設計.
客席を18のブロックに分けて仕切る、舞台の上に10枚の反響板を吊るす、壁に木製の反響材を使用するなど、音響を中心に設計されたことが見たこともない造形と空間を生み出している。1992年には音響効果をさらに高めるための大規模な修復工事が行われ、残響が1.6秒というまさに世界最高のコンサート空間を作り出している。
変わった造形の大小二つのホールを持ち上げ、間隙に出来た空間をホワイエにしているので、ホール以外の部分も不思議な空間になっている。さらに図書館同様に建築の全体像が把握できない。遠景から建築を眺めると金色の大小2つのテントが建っているような感じ.
内部は青色のガラスブロックがはめ込まれ色彩豊かであり、さらにホール内部への動線が縦横無尽に現れ、コンサートの開演前、閉演後は圧巻だろう.
こんな楽しい動線の見え方を私は卒業設計で目指していた.
ちなみに、ガイドはドイツ語と英語の2通りのガイドが用意されている.英語が分からない人も、空間を味わうだけなら言葉なんて必要ないので問題ないです.


Organic Modanism
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バウハウスアーカイブへ向かう途中.ナショナルギャラリーの近く.
アルヴァ・アアルトのような有機的なモダニズム建築といったデザイン.道路に面した曲面がかっこいい.


Hiroshima Strasse
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突然現れたヒロシマという名の通り.ちなみにこの通りの先には黒川紀章設計の日独センター.思えばドイツと日本は関係が深い.それにしても、ヒロシマという名はなんとも言いがたい通りです.


Bauhaus Archive
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Walter Gropius&Alec Cvijanovic設計(1978年).
最近のインテリアブームの中で流行のバウハウスでございます.
1919年にワイマールに創設され、美術、写真、工業デザイン、建築まで多岐に渡り近代的な教育哲学で国際的な評価を得た.
しかし、政府からの圧力によりデッサウに移転を余儀なくされ建築的に有名な『バウハウス・デッサウ』が誕生した.
その後、ナチス政権からの圧力によりベルリンへ移転したものの、わずか1年で閉校を余儀なくされた.
『バウハウス』の遺産を収集、展示することを目的にした展示施設の設計をグロピウスは既に1964年にダルムシュタットを敷地に始めていたのが『バウハウス・アーカイブ』の前身.
建物はグロピウスが設計したものを、長年グロピウスを支えたクヴィジャノヴィッチがベルリンの敷地に会うように変更した形.
展示内容は、バウハウスで教鞭をとった歴代の美術家や工業デザイナーの作品が数多く展示されている.

Under Constrction
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第二次世界大戦敗戦、そして冷戦下の占領時代.新たに生まれ変わろうとしているベルリンは、未だいたるところで工事が行われているアンダーコンストラクションな都市.それは変化し続ける都市東京とは異なる.
それにしても、絶妙なバランス感覚.


Deutsche Technik Museum Berlin
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バウハウス・アーカイブからユダヤ博物館へ(約4km)歩いて移動する途中、川沿いに突然戦闘機が!


Jewish Museum
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Daniel Libeskind設計(1998年).
ベルリンに建てられるホロコースト追悼も込められたユダヤ博物館。その歴史的な意味の重さゆえに20世紀最後のモニュメントとして、世界中が注目したユダヤ博物館増築コンペに勝ったのは、自身もユダヤ人として家族をホロコーストで失っているダニエル・リベスキンド。彼にとってはじめての実施作品.
この建築のプランのジグザグの形状は、ユダヤ人に関係の深いベルリンの通りを地図の上で結ぶことによってできた形をしている.それは、ユダヤに関係のある文脈を敷地に導き出し、ある種の苦痛、苦悩に満ちた空間を作り出している.そして、上からナイフで切り刻まれたヴォイドは、死と希望の両義的な意味合いを持つ.さらに、ジグザグの形状にまっすぐ貫入する空虚の軸をリベスキンドは、ベルリンにおけるユダヤ文化がナチスによって徹底的に破壊された以上、ユダヤ博物館の見せるべきものはその不在そのものであり、したがってこの空虚こそが、この建築の核心であるという.つまり、この博物館の展示物、見せるべきものは「不在」そのものである.博物館とは本来、過去を保存し、その歴史を現在から未来へと投影する施設なのだけれど、このユダヤ博物館は、その保存すべき過去そのものがもはや存在しないことを訴える施設となっている.実際、初公開された時には展示物無しで公開されたくらいだから、建築空間としてユダヤ博物館の意義を満たしているのである.さらに、プランは直線的でありながら迷いを容易に引き起こさせる構造をしている.それは、迷える民ユダヤを表しているのだろうか.
 また、内部のヴォイドでは3つのインスタレーションが置かれている.メモリアル・ヴォイドとホロコーストタワー、そして49本の列柱が立ち並ぶ庭園.メモリアル・ヴォイドには鉄で作られたユダヤの人たちの顔が無数に散らばっている.それらは、踏まれることによって甲高い音を立て、あたかもユダヤの人々の嘆きの声のように聞こえる.また、ホロコーストタワーでは入場者は真っ暗な天井の高い空間に閉じ込められる。天井の1点からのみ光が差し込んでいる.それは、ホロコーストにおける希望の光であり、下にいる自分達には決して届くことのない光となっている.
ここの展示はホロコーストについての理解が無いとあまり理解できない.見学中に日本人の女の子に話しかけられたけれど、最後の写真の作品の意図が分からなかったようで、近くにいた日本人の自分に声をかけたらしい.その後一緒に内部を回り、彼女はこの後ミュンヘンへ行くとのこと.一人旅の、ちょっとしたコミュニケーションでした.これも一人旅の楽しみの一つということで.
その後彼女とはロッテルダムの道端ですれ違うことになるのだが...


Quarter Schutzenstrasse
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Aldo Rosi設計(1997年).

Social Housing At Kochstrasse
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Peter Eisenman設計(1987年).
ベルリンの壁とフリードリッヒシュトラッセが交差するチェックポイント・チャーリーのすぐ近く.
彼の建築からはベルリンの歴史、社会主義をイメージさせる.
そして、この建築の隣には資本主義の申し子であるレム・コールハース率いるOMA設計の集合住宅が並置されている.


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今夜は、先輩の語学学校のクラスの人たちとクラブでパーティー☆
ちなみにテキーラ初体験×3!
アンドレ、アンドレア、ナタリー・・・
もう会うことはないでしょうが.
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by dimensions11 | 2004-08-19 17:04 | Germany